夜に行くなら



どこかさみしげにゆっくり歩く湊くん。

それで・・いいのかな? 私は思わず走り出した。

「あ、あの! 湊くん!! やっぱり途中まで一緒に帰ろ?」

「付いてきたいのならご自由に。」

「ありがと! ご自由にするね。 湊くんはいっつも帰りあんな感じ?」

「あんな・・ああ、気づいたら群れに捕まっているんだ。」

「群れ・・。な、なんか、お魚みたいだね・・・。」

会話にならない会話を繰り返しながら、私と湊くんは歩いていく。湊くんのゆっくりとしたペースに合わせながら歩いていく。カラスの鳴き声がなんだか新鮮に聞こえてくる。湊くんは、やっぱり上の空。夜の学校を彷徨っていると聞いたならやっぱり本人に聞くしかないじゃん。私は話しかけてみる。

「湊くんってさ、夜の学校好き?」

「はあ?」

「あ、えっと・・静かでいいよねー・・・。」

やっぱりそうか。本人に聞いてもかんたんに答えてくれるわけ、ないか。もしかしたら、何かに操られていて気づいていない?いやいや、そんなファンタジーなこと、起こるわけないよね。

「稲荷さんはどうして僕なんかを相手にしてくれるんだい?大河のほうが面白いだろ?」

「・・なんか、気になるんだ。今まで文武両道の湊くんがすごい!って思っていたけれど、大河の話を聞いたり、今こうして歩いてお話してみたりして、普段と違う湊くんを見て。さみしそう、だなって。」

「さみしい・・? ぼくが? ふふっ、やっぱり稲荷さんは面白いね。」

私、なんか偉そうなこと言っちゃった!?あわてて湊くんに謝ると、そんなこと気にしなくていいよって笑われちゃった。ゆっくりだけど前に進んでいるのは確かで、あっという間に分かれ道になっちゃった。

「稲荷さん、僕の家はこっちだから、またね。」

「うん、またね。湊くん。」

・・・あ、あれ・・?普通に帰ってきちゃったけど良いんだよね。夜まで学校に残るわけにもいかないし。とりあえずお母さんに話してみようかな。私は家まで猛ダッシュする。

家につくとそこには生ゴミを還すために土が埋められた収納ボックスの蓋を閉めようと手を伸ばしていたおばあちゃんがいた。

「おかえり、ほのか。遅かったじゃないか。」

「お、おばあちゃん・・ご、ごめんなさい。」

「いや無事ならいいんだ。ほのかは普段もう少し帰りが早いからね。」

ああそうだ、うちにはおばあちゃんがいるんだったー!!おばあちゃん心配性だから、私がちょっとでも帰りが遅くなるとこの通り。夜の学校なんて、許してもらえるわけないよなあ。でも調査する!って宣言しちゃったし。

けど、私にはお母さんもいる。

夕食が終わった後、お母さんを捕まえて聞いてみる。

「お母さん、夜の学校に行ける方法ってないかな?」

「どうしたの!?ほのか。学校の七不思議でも聞いた!?」

「七不思議じゃないけど気になる噂は聞いた。」

お母さんは、はあとため息をついた。やっぱりそうだよね。けれど電話の前に貼ってあるお知らせの用紙を見ながらぼそりとつぶやく。

「・・・明日、保護者の面談会があるからそのときにでも見てきたら?」

私はやったー!お母さん大好き!とお母さんをぎゅっと抱きしめる。お母さんは苦笑いしているようだったけれど、私は嬉しくてあまり気にしていなかった。

—翌日。

今日は大河といっしょに学校へ向かう。早起きってやっぱり気持ちがいい。

「なるほど。湊と昨日帰ったのか・・。で湊と家の近くで別れたから学校の近くに湊は向かっていないと。」

なぜか大河が複雑そうな顔をして悩ましげに私を見ている。

「そうなの。湊くんを取り巻く女の子たちが多くて疲れていたみたいだけどね。」

「しかし、このタイミングで面談会があるのはいいな。俺も夜の学校なんてじっちゃんが許してくれねえよ。ほのかの家にはおばあさんもいるし、そこどうしようかなって思ってた。」

昨日のことを話しながら学校に向かって歩いていく。大河はおじいちゃんっ子なんだよね。

「面談会ってことはよ、どこかの教室に保護者とか先生とか集まるだろ?その間に調査したら面白そうだよな。」

「なんで大河が乗り気なのよ。」

「だって、面白そうだから。」

大河がニカッと笑ってみせると、私は、はあ?って大河に目線をやる。だって、最初大河が調べろって頼んできたじゃない。なんで今さら大河が・・って。夜の学校に入れる手段が見つかったからか。みんな夜の学校に興味はあるけれど、入れる口実がないから困っていたんだ。

「じゃ、今日の夜。面談会で湊くんがいないか探してみるってことで。」

「そうだな。古坂は誘う?」

「一応、声かけてみるよ。大きなお屋敷に住んでるし、急なスケジュールだから難しいかもしれないけど・・。」

とひそひそと話していると後ろから人の気配がする。

え・・?と思って振り向くと、そこにはくるみちゃんがいた!

「お二人とも! ぜひそのお話、私も入れてくださいまし。こんな面白そうなお話、めったにありませんもの!」

くるみちゃんが目を輝かせながら私と大河を見つめる。

「お、おうちの事情とか・・大丈夫?」

「大丈夫ですわ!! いなほちゃんと大河くんがいるなら安心だとばあやもにっこりでした!!」

あ、いや、くるみちゃんがすごいにっこりしていて、めちゃくちゃ眩しい。ばあやも泣いて喜ぶよ・・と思わず頭の中でツッコミを入れてしまった。くるみちゃんがいるということは、私たち、学校の近くまで歩いてたんだとやっと気づいた。それから3人で歩き、登校。私は遅刻も回避し、みんなとお話しながら過ごせた。早起きって最高だね!

島香先生が入ってきて朝礼が始まる。と思ったら別の先生が入ってきた。

「島香先生は本日体調不良のため、お休みの連絡を受けています。何かあった場合は教科担当の先生でも私でも構いませんので相談してくださいね。あ、申し遅れました。私は十蟹(とがに)と申します。トガちゃんって呼んでもいいですよ!ピース。」

もうすぐおじいちゃんになりそうな雰囲気を放つ小柄な十蟹先生が笑顔で言う。しかもピースなんてしてるし。十蟹先生の話を聞くと、普段は天文部にいることが多いそうで、私達はあまり面識がない。島香先生が体調不良ってなんか心配。性格は悪いけれど、体調不良なのは別の問題。

私は夜の学校が待ち遠しくて、今日は授業がすごく頭に入ってくる。楽しみがあるから頑張れているのかな。あっという間に午前の授業は終わり、私達はいつもの階段でお昼を食べている。

「島香先生が体調不良だなんて心配ですわね。熱でも出たのかしら?」

「あの先生のことだから、推し活に熱中しすぎたんじゃないか?」

「推し・・かつ?」

私が推し活と言いかけたとき、ふたりともきょとんとした様子で私を見つめる。私だったら知っていてもおかしくないと言いたげな顔をしている。

「え・・・?それって知らないとまずいやつ?」

「知らないとまずいというか、ほのかが湊に対して行動してるアレのようなもんだ。」

「えええええ!?私はただ憧れているだけなのに!!」

大河は頭を抱えて悩んでいるし、くるみちゃんが咳き込みながら笑っている。そ、そんなに悩んだり、面白いところなの!?

「ま、まあ、その、純粋なところがいなほちゃんのいいところですわ。ところで大河くん、どうして島香先生が推し活になるんです?」

「ここだけの話にしてほしいんだが。島香の机の中にアイドルのチェキ、生写真が入ってたり、授業のとき、イケメンばかり見ているらしいんだ。・・俺はイケメンじゃないらしいけどな。」

ええ、大河って島香先生のこと、よく見てるなあ。情報網がすごいなあと感心しながら、大河の話を聞く。島香先生ってアイドルが好きなんだなあ、と頷きながら聞く。

「あの、大河ってさ・・島香先生みたいな人がタイプなの?」

あたり一面が凍りつく。私なにか悪いことを言った?あんなに島香先生のこと詳しいなら好みだと思っていったんだけれど・・・。慌ててくるみちゃんが話を進める。

「たっ、大河くんもイケメンだと思いますけれど、教師の立場で特定の誰かばかり見るのはいけませんわね。」

「それも調査したほうがいいかな?」

「・・あー、でも、島香、学校に来てないんだろ? 湊の件が解決してからでもいいんじゃね?」

私達は湊くんのことも、島香先生のことも気になるけれど、できることがないということで、今日は湊くんが夜の学校で何をしているか?に絞って調査することになった。

午後の授業も問題なくこなし、終礼。

十蟹先生が穏やかな口調で話す。

「今日も1日お疲れさまでした。島香先生はしばらくお休みされるということでしたので、私十蟹がみなさんと一緒に過ごすことになりそうです。この後保護者さんの面談会がありますが・・・残る生徒さんは図書室、保護者の教室はここになっています。下校までに忘れ物がないようにしてくださいね。ではまた明日、ピース。」

私達は渡り廊下を歩き、天文部とつながっている図書室で待機することになった。図書室は大きな丸いホールで、暗くなるとプラネタリウムとして使えるくらい広々としている。私はあまり来ないけれど、この広い空間結構好き。

ソファーでくつろぎ雑談をしたり、くるみちゃんに勧められるまま難しい歴史の本を開いたりして夜を待つ。みんな、帰ってしまったから、学校に残っているのは、3人だけ。の、はず。

ぶくぶくぶく。

「ねえ、大河? お茶でも飲んだ?」

「いや、飲んでねえよ。」

「じゃあ、この泡の音はなあに?」

ぶくぶくぶくぶくぶく。

「倉庫からですわ!!」

くるみちゃんが駆け出し、図書室の倉庫扉に手をかける。

するとそこには、体調不良で休んでいたはずの島香先生と・・

体が泡になろうとしている湊くんがいた。

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